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あこがれの“レンガ積の家”・・・Vol.35

☆レンガの歴史・・・最終話

レンガを構造に用いた建物は関東大震災で大きな被害を受けた。

浅草の凌雲閣(十二階)が倒壊したことは象徴的であった。

震災以降、レンガ造は小規模な建物以外には用いられなくなり、鉄筋コンクリート造が主流になった。

明治、大正、昭和の歴史的建造物を見れば判るようにレンガ造りの建造物は今なお現存している大震災、台風、豪雪等の自然災害に耐え・・・スクラップ&ビルドの時代ではなくなってきている昨今流行に流されず一流を目指したい。歴史を振り返るとそこに答えがあった・・・

あこがれの“レンガ積の家”・・・Vol.34

☆レンガの歴史・・・

明治中期頃にはレンガ職人も増え、一般的な技術の一つになった。

レンガ造建築は濃尾大地震で被害を受けたため、鉄骨で補強する構造なども工夫された(赤坂離宮、東京駅など)。

また、大正時代には鉄骨造建築の壁をレンガで造ったり(郵船ビルなど)、鉄筋コンクリート造建築の一部をレンガ造とする混構造も見られた。

 

あこがれの“レンガ積の家”・・・Vol.33

☆レンガの歴史・・・

日本では明治初期まではフランドル積み(フランス積み)構造が多く用いられた(長崎造船所、富岡製糸所、銀座煉瓦街等)が、その後はほとんどイギリス積みになった。

フランドル積みの方がより優美に見えるが、イギリス積みの方が合理的で堅固であると考えられたためである例えば、東京駅の外壁を見ると、どの列にも小口が並んでおり小口積みのようであるが、これは表面仕上げに小口煉瓦を用いているためで、主構造はイギリス積みである。

あこがれの“レンガ積の家”・・・Vol.32

☆レンガの歴史・・・

日本で最初期に造られたレンガ建築は幕末の反射炉である。

お雇い外国人の指導で官営事業を中心にレンガの製造、建設が始まった。

1870年、日本初のレンガ工場が大阪府堺市に設立された。

銀座レンガ街の建設の際は大量のレンガを必要としたため、東京の小菅にレンガ工場が築かれた。

 

あこがれの“レンガ積の家”・・・Vol.31

☆レンガの歴史・・・

日本で建物用レンガの生産が始まったのは長崎の海軍伝習所(1855年(安政2年)開所)で、1861年(文久元年)落成の長崎鎔鉄所の建設に使われました。

たが、現在のものより薄く、その形から「こんにゃくレンガ」または作製者の名前から「ハルデスレンガ」と呼ばれたりしました。

明治初期の洋風建物がこのハルデスレンガで建てられている他、ながさき出島道路オランダ坂トンネル出口直下の壁が、復刻されたハルデスレンガで作製されています。